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こころのクリニックで働くスタッフ達のブログ

by clovercl

言語は十分なのか

みなさま、こんにちは。伊藤です。

最近、言語について考える機会が度々あります。
以前読んだ『タコの心身問題(著者:ピーターゴドフリースミス、訳者:夏目大)』という本では、タコの生態およびタコの身体機能や認知機能についてフィールドワークでの知見を踏まえながら様々に考察されています。その中で、タコが体の色を変える行為が、他者(他タコ?)への表現のための言語として用いられていたり、さらにはタコの思考に用いられる言語(内言)にもなっている可能性があるという話がありました。

これは大変興味深い話ですね。言語と聞いて真っ先に思いつくのは、私が今使っているような文字や話し言葉の音声かなと思いますが、そもそも言語の用途について考えると、必ずしも音声である必要もなく文字である必要もありません。いわゆる言葉である必要すらないかもしれません(例えば誰にでもたいてい同じ意味として伝わるジェスチャーもありますね)。ある特定の記号によって、ある特定の意味内容を示すことができるという機能のほうが重要なわけです。

その前提に立つと、私たちが使用する言語は、同じ言語を用いる人との間では不自由なくコミュニケーションがとれるくらいの機能を持っています。十分な機能を備えていると言えそうです。
そして、私たちは思考する際にも、体験について語る際にも、その言語を使用することがほとんどです。コミュニケーションに用いることができる言語は、私たちの考えや感情を描写するのにも十分なのでしょうか?(実際にどうなのかはわかりません)
ただ、認知行動療法で行うような、自分の考えや感情を精査して定義していく作業は、実感と思考や感情とを一致させるために重要な役割を持っているのだろう、ということを思うのでした。


蛸壺のイラスト


by clovercl | 2020-06-27 15:52 | スタッフ雑記 | Comments(2)
Commented by のび太 at 2020-07-04 06:23 x
この本が気になりました。
機会があれば読んでみたいです。
Commented by clovercl at 2020-07-04 15:52
>のび太さん
コメントありがとうございます^^
タコの心身問題、ぜひお読みください!私も人から薦められて読んだのですが、柔軟な視点を持つ助けになる良書でした。(タコだけに…^^)
動物の知的活動に関しては、ドゥバールの本も面白いですよ。また今度ブログで紹介しようと思います。
伊藤