察することとコミュニケーション

みなさま、こんにちは。野口です。

ここのところ、先日までの暖かい日がうそのように寒い日が続いています。
三月なのに真冬のような気温ですね。
そんな中でスギ花粉はたくさん飛散しているようで
そこだけ春なのか?と混乱しつつ、花粉症がひどくなってつらい日々です…

さて、今日は”察することとコミュニケーション”について書いてみようと思います。

お仕事をする時に、やりがいがあって頑張れる一方で
誰にでもストレスと感じることも少なからずあるかと思います。
たとえば、仕事の量の変化、仕事の質・内容の変化は
慣れないうちは大きなストレスになりますよね。
また、人間関係のストレスも無視できません。
この人間関係のストレスは、自分と周囲の人の
言動や認識のズレがあるときに生じると言われています。

たとえば、ある上司が部下に仕事を割り振りました。
しかし部下はたくさん仕事を抱えていて、更に割り振られた仕事が負担になりました。
そんなとき、「まったく…こっちは忙しいのに!上司なら部下の仕事状況くらい
ちゃんと理解した上で仕事を割り振ってくれよ!」と怒りが沸き起こるかもしれません。
また上司は、「指示したことは、その意図を理解してきちんとこなすのが仕事」
と思っていることもあるでしょう。

この時、両者の間には「相手は自分の考えをわかって、その通りに動いてくれるべき」
という思いがあるようです。
いうなれば、自分があれこれ言わなくとも察して動いてほしい、という感じでしょうか。

日本語には「あうんの呼吸」とか「一を聞いて十を知る」のように
ひとつひとつを言葉にせずとも通じ合うことが美徳というような
感覚、あるいは慣習があるように私は思います。
もちろんそれ自体は必要な要素でもあるのですが、
ビッタリと通じあえないとき、つまりズレがあるときも当然あります。
そのズレを放置していると、先の例のようにお互いにとって
ストレスになるのではないでしょうか。

では、どうしたらこのズレを解消できるでしょうか?
ズレを完全になくすことは難しいかもしれませんが、
幅を小さくするにはやはりコミュニケーションをとることが必要ではないでしょうか。
相手の期待はなんなのか? 自分の行動は相手の期待とズレていないか?
自分の希望はちゃんと相手に伝わっているのか? 
そういう視点を持って、言葉にして尋ねてみることが欠かせないように思います。

でもコミュニケーションって難しいものですよね。
気軽にできるならば苦労はしないよ…と言いたくもなりませんか(笑)

“察することとコミュニケーション”、もう少し考察し続けていきたいテーマです。
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Commented by のび太 at 2016-03-16 09:00 x
こんにちは。読みながらなるほど、、と思いました。
続きを知りたいです。
Commented by clovercl at 2016-03-22 09:14
のび太さま
コメントありがとうございます。
コミュニケーションとストレスの関係はリワークの観点からも
とても大事だなと思うところであります。
またブログで取り上げたいと思いますので、よろしくお願いします!
野口
by clovercl | 2016-03-11 17:31 | スタッフ雑記 | Comments(2)